みなさまへ。こどもホスピスの必要性について

皆さん、世界中未曽有の事態にみまわれていますが、いかがお過ごしでしょうか。

北海道こどもホスピスプロジェクトで代表理事を務めている佐藤貴虎と申します。

今日は、日頃保育や幼児の発達について研究している立場から、

こどもホスピスの必要性について少しお話をさせて頂きたいと思います。

代表理事

佐藤 貴虎

(旭川大学短期大学部 幼児教育学科 教授)

いつの時代もこどもにとって「あそび」は生活の中心

 皆さんは「こども」と聞くと具体的にどういう姿を思い浮かべるでしょうか?私は毎年4月に本学に入ってくる新入生にこの質問を投げかけますが、「無邪気な笑顔」「いつも走りまわっている」「遊びの天才」など様々な声があがってきます。たぶん、このページをご覧の皆さんも同じようなイメージを持たれているのではないでしょうか。このような子どもの姿は平安時代の「梁塵秘抄」の句にも見られます。「遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけん 遊ぶ子供の声聞けば 我が身さえこそ動がるれ」。この句からも、子どもは元々生まれながらにして「あそび」が生活の中心であったことが理解できると思います。こどもとあそびは切っても切り離せないのです。

幼稚園や保育園に通うことのできないこどもはどこであそべるのか?

それでは、現在のこどもの置かれている状況を振り返ってみたいと思います。未就学児の6割近くが保育所に、4割近くが幼稚園に通っています。つまり、ほとんどの子ども達が何かしらの集団保育を受けているのが今の日本の現状です。集団保育では、子ども一人ひとりの違い、個性に目を向けつつ、基本的な生活習慣をはじめとして、園庭やお遊戯室での運動遊びを通して体を成長させ、様々な児童文化財(絵本や紙芝居、パネルシアター、エプロンシアターなど)に触れることにより言葉を学んだり、自分なりの表現方法を獲得したりと感性を豊かにしたり、友達や先生との関わりのなかで、あるいは運動会やお遊戯会などの行事を通して人との関係性を築きあげていくなど、日々の遊びを通して発達していきます。しかしながら、保育は義務教育ではないため、これだけ保育を受けることが一般的になってきていても、保育を受けたい、遊びを通して子どもの成長発達を促したい、といくら強く思っていても保育を受けることのできない子ども達が日本に多く存在していることも忘れてはなりません。この中にはもちろん重い病気や重い障がいとともにあるこども達も含まれてきます。子どもは重い病気になることにより、様々な生活上の制限を受け、あそびにも様々な制限がつきまといます。あそべないということは子どもが十分に成長発達できる状況にないということを意味します。日々成長発達をとげている全ての子ども達にあそびの時間を提供していくことを考えることは、大人の責務だと思うのです。

きょうだいさんや園のお友達とのつながりの大切さ

 また、病院に入院中の子ども達にとっても、環境は少しずつ良くなってきてはいるものの、家族、地域という視点からみていけばまだまだ課題が多いことも事実です。医療保育士、ホスピタル・プレイ・スペシャリスト、チャイルドライフスペシャリスト、こども療養支援士などの非医療職の子どもの専門家が病院に増え、子どもの成長発達、社会性の側面にずいぶんと手がいくようになってきてもいますが、例えばきょうだいさんとの触れ合いや通っている幼稚園や保育園のお友達との小児病棟内での交流が難しく、制限がとても多いことも事実です。子ども達にとって、きょうだいさんやお友達との関わりはとても大切であり、こうした子ども同士のきずなを切らすことなく大切に見守っていくことも我々大人の責任の1つだと思うのです。

北海道に、こどもホスピスを!

 こどもにとって「あそび」は生きることそのものです。にもかかわらず、遊びたい!と強くねがっているのに、あそびを保障できないのであれば、社会的インフラの未整備や制度上の欠陥が重い病気や障がいとともにあるこども達をあそびから遠ざけていることになります。そしてその解決を目指すことは社会的課題としてとても重要なことの1つだと思うのです。こどもホスピスは、こどもの願いを叶える場。やりたいと思ったこと、お友達と過ごしたいと思ったこと、そうしたことが叶う場です。こどもがこどもとして生きることを保障する場の1つです。家族と地域住民が日常的に触れ合い交流しながら、社会全体で重い病気や障がいとともにあるこどもを育てていく、そんな街づくりをしていきたいと思っています。是非とも多くの皆さんのご支援をお願いしたいと思っています。

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